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テレビのない生活──見られない・見ない・見たい

9月24日でテレビのない生活、丸2ヶ月経過。
私の海外旅行は長くて2ヶ月だったから、テレビのない生活体験もせいぜいそれぐらい。これからいよいよ新局面に突入となる。

私には、朝起きたらまずテレビのスイッチを入れるという習慣も、夜、寝転んで雑誌を読んでいるようなときにBGVとしてテレビを流しておくというような癖もなかったので、なくなっても不便は感じていない。

「ロンハー」「アメトーク」「たかじん」等は週遅れでネットで見ることもある。好きな回が限られているので毎週は見ていない。これはテレビがあった時も同じだった。
このへん、「手を切ってないじゃないか」と言われると、そうなる。お恥ずかしい。でもまあ長年見ていたいくつかの番組だから、つい見たくなる時もある。これらはテレビがあった時もHDDレコーダに録画して、数日遅れで見ていた。リアルタイムで束縛されてはいない。私はそれをいちばん嫌っていた。



ネットにアップされる動画はCM抜きなのでありがたい。
私は「CMにこそ時代がある」と、30年近く前から始めたビデオ録画でもCMを切らずに残してきた。たまにそれらを見ると、時代そのままのほほえましいCMが多い。たしかにCMは時代を映している。まだビデオテープが高かったころは「CMスキップ機能附き」なんてビデオデッキが人気になったりした。
そういやビデオテープも、高くていいのを使わないと後々後悔すると判っているのに、ついついノンブランドの安いのを買って何度も痛い目に遭った。それは数年前のDVDメディアでも同じ事をしているから、この辺のバカは死んでも直らないようだ。

しかし近年のCMはあまりにつまらない。不況はCMに反映される。数年前の録画DVDを見るときもCMはみな早送りしている。不快で見られない。
パチンコのCM。これは景気がいいからだ。競馬の馬主も高馬を買うのはパチンコ屋ばかり。対して自動車CMは、不況で売れず、若者のクルマ離れもあって、金を掛けた楽しいものはすくない。かつてを知っているからその凋落ぶりが目立つ。
生命保険、ガン保険の類。これは〝顧客〟がいなくなることはないからやたら流れる。田舎に斎場が乱立したのと同じだ。死ぬ年寄り向けと、生まれた赤ん坊向けのCMは鉄板だが、死ぬ方ばかりが多いのはこれまた不況だからだろう。
大嫌いな生理用品のCMも、これはこれで顧客分野が確定している商品だからでもある。
つまりは不況になると、必需品的なCMが多くなり、遊びの餘裕のCMは消える。その中で唯一がんばっている遊びが、この世から消えてなくなれと思っているパチンコなのだからうんざりだ。



今日、テレビのない生活3ヵ月突入目の25日は日曜だった。近年、日曜は私が最もテレビを見る曜日だった。自宅業務なので曜日は関係ない。なのにサラリーマンおやじの休日のように、日曜はテレビを見ることが多かった。

むかし、始まりは朝5時半からのテレ東の「早指し将棋選手権」だった。これはもう番組がなくなったので見たくても見られない。でも長年の習慣とは怖ろしいもので、いまだに見たくなる、日曜の朝5時半になると意識することがある。
このことは前にもホームページに書いたのだが、この番組、30年以上前には朝の9時からだった。まあまともな時間である。それが番組改変でどんどん早くなってゆき、6時からになり、とうとうまともな人間はまだ起きていないという朝の5時まで行ってしまった。田舎のジーサン将棋ファン相手になったのである。最終的には5時15分から6時までだったか。視聴率も悪いらしく、スポンサーがつかず、最後の方は競艇の援護で保っていた。将棋好きの笹川良一が「♪戸締まり用心、火の用心」とやるやつだ。笹川さんが亡くなって競艇が降りてまもなく、スポンサーが見つからず番組は終ってしまった。何十年ものこの番組の録画ビデオは宝物のひとつだ。中学生棋士の羽生が初々しく登場したりしている。

それからフジテレビの「報道2001」を見て、9時からはNHKの「日曜討論」を見て(黛敏郎が司会の頃はテレ朝の「題名のない音楽会」を見ていた)、10時からはNHK教育の将棋NHK杯戦を見る。

以前は土日は競馬場通いだったから、NHK杯戦と競馬を録画予約して、「報道2001」を見たあと、9時前に家を出ていた。帰りはいつも飲み会があって深夜になったが、ないときは「行列のできる法律相談所」を見たりした。

ここ5年ほど、競馬場に行くのはいくつかのG1の時だけになったので、日曜のテレビ三昧には拍車がかかっていた。競馬中継もテレビで見る。早朝の将棋番組はなくなったが、「新報道2001」の7時半から大相撲や『笑点』が終る午後6時まで、かなりの時間を見ていた。といって「サンデージャポン」とか「アッコにおまかせ」「新婚さんいらっしゃい」を見るようなことはない。でもそれらを適当に流しながら日のある内から酒の用意をして、15時からの競馬中継や大相撲は一杯機嫌で見ていたりした。それが二ヵ月前からいきなり全部なくなった。



テレビのない生活は平気なのだが、いまも日曜だけは恋しくなるときがある。習慣だ。
今日は二ヵ月ぶりに朝の「新報道2001」(政調会長の前原と石波が出演)、NHK杯戦(将棋アマ名人戦放送)、競馬中継(神戸新聞杯に二冠馬オルフェーヴル登場)、大相撲千秋楽(白鵬が負けると巴戦で決定戦)を見た。ケータイのワンセグとパソコンのKey Hole TVやgoo大相撲を駆使してのものだった。みな見たいだけの理由があったし、競馬はレースだけ、大相撲は最後のほうの取組だけと、みな要所だけでたいした時間ではないが、それでもよっつも番組を見ている。これじゃテレビのある生活と同じだ。



夜、年下の友人Sが、「見れないと思いますが、いま芸能人の相撲大会をやっています」とメールをくれた。「クイズ・タレント名鑑史上最大ガチ相撲SP」のことである。前回はK1チャンプのセーム・シュルトが出場して話題になった番組だ。録画してもっている。Sとは競馬を通じて親しくなったが、ともに格闘技好きということでより親しくなった経緯がある。Sは、私が観られない環境にいるだろうが、もしも観られるなら、もしもチェックしていないなら、と教えてくれたのだろう。

Key Hole TVをつけるとそれが流れていた。でもすぐに消した。テレビと絶縁宣言しつつ、今日セコい方法を駆使していくつもの番組を見た自分に嫌気が指していた。

せっかく親切に教えてくれたSに、「ぼくは〝見られない〟のではありません。〝見ない〟のです」と失礼な返事をしてしまった。すまん。

人は誰も痛いところを突かれると反応する。Sの些細な表現が気に障ったのは、私がテレビを本当は〝見たい〟のに、思うような環境で〝見られない〟から、というのが奥底にあるのだろう。
テレビの映らないブラウン管29インチテレビに匹敵するのは液晶だと42インチらしいから、それを買い、「テレビはあるけど、ぼくはテレビを見ません」と、あらためて宣言する必要がありそうだ。
見るとしても週に3時間程度だからもったいないのだが、今回のような半端な生活をしていたら引かれ者の小唄になってしまう。ゲームとDVDの再生装置として買うべきか。いやそれなら今の映らないテレビで十分なのだが……。なんとも半端だ。

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