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1998年の「さんま御殿」──Windows98のころ

1998年の「踊るさんま御殿」を見る。もちろん私が焼いたもの。「さんま御殿」もアメトークみたいに発売になっているの? しらないけど。

辺見えみりが若い。21歳だとか。
「経験」でデビュウした辺見マリと西郷輝彦との熱愛が報道された。西郷の側は反対した。ハーフの辺見より、いわゆるお嬢さんと結婚させたがった。まあそのころ西郷は大物であり、辺見はぽっと出だった。格が違った。周囲の反対にもめげず愛を貫いたふたりはえらいと思ったけど、ほどなく離婚。ひとり娘は辺見が引き取った。

彼女を初めて見たとき、なんとまあ父親の西觶に似ているのだとおどろいた。目鼻立ち全てそっくりである。
よく語られる辺見えみりの幼い頃のエピソードで、「父親がイニシャルSとしか教えてもらえず、西城秀樹だと思っていた」というのがあるが、あれだけ似ているのだから気づくだろう。

デビュウしたばかりの優香が出ていた。まだ新人なのでしゃべれない。しゃべったテーマもおもしろくなかったのだろう。登場シーンは、本名を問われ、言わなきゃダメですか、いや言わなくてもいいですよ、だけだった。

土田晃之はもう今と変らず達者だけれど、何年か前にコンビのUターンとして初めて出演したときは、しゃべったのが「いえ、埼玉です」だけだったと言って笑いをとっていた。

お笑いコンビレギュラーのふたりが出ていた。26歳。売れていた頃だ。売れなくなってシンスケに石垣島に往かされるとは思ってもいない。

1枚のDVDに4週分入れているので、これらの思い出はいいかげん。みな一緒に出ていたわけではない。



13年前、1998年。
さほどむかしとは思わないが、Windows98の出た年かと思うと、パソコン的には遥か昔に感じる。
インターネットはまだダイヤル回線の遅くて遅くてたまらないころだ。もっとも、たとえ速かったとしても、まだそんなにすることもなかったが。

当時は遅くてひどかったと思うのは速い今を知っているからであって、そのころはべつにそんなことは思わなかった。それは「江戸時代のひとはたいへんだ。旅行はみな歩きだった」と思うのは今のひとの感覚であり、旅行とは歩くことであった江戸時代のひとは、それを不便とは思っていなかったのと同じだ。

遅くて不便どころか、そのころ外国からファクスを送るのはかなり高かったので、電子メールで送れるようになり、速いし安いし、夢の時代の到来だと思ったものだ。

というならその前に、地方への原稿は郵便で送っており、間に合わなくなると航空便を使ったりしていたから、ファクスが夢の製品だった。
最初は高くて買えず、電話局から送っていた。あれはジリジリと送る時間で料金が決まった。原稿用紙で送ると原稿の枠を読むから、白い紙に書いて送るより時間がかかり、高くなると知った。ちょうどワープロを購入した頃だ。30万円のワープロはなんとしても欲しかったから無理しても買ったが、まだファクスまでは手が出なかった。
初めて自分専用のファクスを買えたときは嬉しかった。Panasonic。12万円だった。大きくて重かった。
ファクスは外国からも原稿送信できる夢の機械だったのだが、電子メールができると見向きもしなくなる。まこと、このへん、日進月歩。

毎日日記をアップしているターザン山本さんは、今でも手書き原稿を書き、それを友人にファクスし、友人がそれを打ち込んでアップするという手間を掛けている。毎日10枚以上のファクスを送っていることになる。
私はもうファクスの機械そのものを捨ててしまった。合計で6台買っている。最初の12万円のより後期の3万円のもののほうが小さくて軽く、あらゆる意味で高機能だったのが印象的だ。
手書きのひとには今でもファクスは重要なものなのか。私にはなんだかもう懷かしい思い出の機械になる。もう7.8年触っていない。

芸能話の予定がパソコン話になってしまった。芸能よりパソコンの方が好きなのだからしょうがない。

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