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訃報──オートレースの女子選手、坂井宏朱選手死亡──初めて名前を知った日に聞いた訃報…

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<オートレースの女子選手、坂井宏朱選手(27=さかい・ひろみ)が練習中の事故で死亡した。坂井選手は14日から開催されていた地元船橋オートに出場中で、全レース終了後の夕方練習中に単独事故でフェンスに激突、帰らぬ人となった。最後のレースとなった2日目第1レースは、6着に入っていた。坂井選手はOLから転身して、オート31期生として昨年7月30日に船橋オートでデビュー。8月には初勝利も挙げた。同期の佐藤摩弥(19=川口所属)とともに44年ぶりに誕生した女子オートレーサーだった。

 船橋署などによると、坂井選手は練習中にカーブ手前で転倒し、鉄製の緩衝柵に衝突。場内の医務室に運ばれたが、午後5時10分ごろ、死亡が確認された。

 [2012年1月15日20時25分]──日刊スポーツ

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 私はオートレースを1回しかしたことがない。親しくなった友人夫妻が父親、兄弟とも家族揃っての大のオートレースファンだった。一緒に競馬をやったりしているうち、オートもぜひ体験してよと地元の川口オートに招待してくれた。
 まず爆音がすごいのにおどろいた。よりおどろいたのは「アットホームな雰囲気」だった。ギャンブル場という鉄火場なのに、ほのぼのとした趣味の集いのよう。みな顔見知りで挨拶したり日常の報告をしたりしている。友人の父など何十年も通い続けている大御所だから次々にみな挨拶に来る。一種の社交場のようになっている。
 当てた人は親しい周囲に飲み物をおごったりする。だから自分の車券がダメとわかったひとは、そういうオート仲間の買っている車券を応援したりする。いやはや、こんな仲良しぞろいの温かい雰囲気の博奕場は初めて見た。

 初めての私は、なにをどう読んで推理するのかわからない。人気を見たり、語呂合わせで4.5レースやってみたが当然当たらない。いや、ぜんぜん儲からない低配当をひとつ当てたのだったか。それでもう食堂にゆき昼からビールと焼き鳥を始めた。友人夫妻は下戸だし、なによりオート大好きだからレースに夢中。親しい仲間との社交の場でもある。私一人だったが、初めて行ったギャンブル場でのビールと焼き鳥はうまいものだ。



 昨夜、一年ぶりにその友人夫妻と会い、深夜までしたたか飲んで(飲んだのは私だけだが)泊めてもらった。
 今日の朝は、友人はノートパソコンを開いて船橋オートに1レースから参戦である。
 オートのサイトと実況映像を初めて見たが、南関東の競馬のように画面が荒れず、鮮明だった。

 1レース。白い帽子が大きく引き離して逃げている。ハンデが最大70メートルもあるのだから当然だ。まだ新人なのか。かなり弱いのだろう。すると友人が説明してくれた。
「いまオートレースには女性選手がふたりだけいて、いま逃げているこの坂井というのは、そのうちのひとり。去年デビューしたばかりの新人だが、OLからの転身なので年齢は27歳だったかな。たしか大学を出ていた。女性のオートレーサーは44年ぶりで、もうひとりの女子レーサー佐藤摩弥選手とともに注目されている」と。

 やがて彼女の逃げは捕まり、次々と抜き去られてゆく。結果、8車中6位だった。

 お昼ごはんをご馳走になり辞去した。



 帰宅したのが午後4時。
 パソコンを起動し、昨日と今日の日記をつける。
 昨日、米長元名人、将棋連盟会長が、将棋ソフトのボンクラーズに完敗した。将棋ファンにとっては大きな事件である。それらのニュースを追う。
 ふと今朝友人に教えてもらった坂井選手のことを思い出して検索してみた。
 ブログがあると知り、出かけてみる。http://ameblo.jp/sakaihiromi/

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 かわいい娘なのだと知る。でも、なんとなく儚げな感じの娘さんだと思った。ニッカンスポーツの冒頭の写真からもそれは感じる。奇しくもその第一印象が当たることになる。
 法政大学を卒業してJTBに勤めていたらしい。初めて見たオートレースに感動し、原付バイクにすら乗ったことがなかったのに、いきなりプロのオートレーサーを目指したのだとか。危険な職業への転身に両親は大反対だった。それを押し切って訓練所に入所する。そして昨年デビュー。初勝利は8月21日。

 ブログを読んだり、Wikipediaの経歴を読んだりした。YouTubeに昨年8月の初勝利の時の様子があるというので行ってみる。選手控え室からの映像で、彼女の初勝利に控え室の選手がみな拍手を送っていた。なかなか心温まるいい映像だ。あちらこちらにひたすら「ありがとうございました」と頭を下げまくっていた。彼女の礼儀正しさ、腰の低さにも好感をもった。
 今度友人に誘われ川口オートに行ったとき、彼女が出走していたら車券を買ってみようと思った。まだまだ非力で人気薄だから絡めばかなりの配当になるだろう。そんなことを思いながら彼女のブログを読んだ。



 18時55分、2ちゃんねるにゆき「芸スポ速報」を眺めていた。そこにこの記事があった。
「オートレースの坂井宏朱選手死亡」。こんがらがった。今朝初めて名前を知り、レースを見て、つい今までブログの文を読み、Wikipediaで経歴を調べていたひとだ。なにかの間違いかと思ってよく読む。まちがいない。私が初めて見た彼女のレース、2012年1月15日の船橋オート第1レースが、彼女の最後のレースになった。

 急いで友人に電話する。親戚宅で食事中だった友人はこのニュースを知らず、絶句していた。

 神様もひどいことをする。せめてもうすこし、やっとなれた憧れのオートレーサー生活を楽しませてほしかった。
 ブログの笑顔を見ていたら涙が出てきた。今朝知った人の訃報をその日の夕方に聞いた。オートレーサーになることを反対した家族の気持ちを思うと、なんともたまらない。売上げ減に悩むオート(扣除率を25%から30%にあげるらしい。ますます売上げは落ちるだろう)には、美人レーサーふたりの存在は数少ない明るいニュースだったのに、事故死というかなしい結果で目立つことになってしまった。
 ご冥福をお祈りします。

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追記──1/16──新聞の一面扱い

 朝、前記のオート大好きの友人が電話をくれた。コンビニでスポーツ紙をいくつも買ってきたらしい。一面で扱われているのが何紙かあったとか。こんなことで一面になることを彼女もオート業界も望んではいなかったろう。
 44年ぶりの女性オートレーサー誕生は、スマップの森の転身以来、ひさびさの明るい話題だったのに、一面を飾ったのはかなしいニュースになってしまった。

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追記──1/19──角膜を提供

事故死の女性レーサー、角膜提供していた
デイリースポーツ 2012年1月19日(木)15時32分配信配信

 練習中の事故で15日に亡くなった女性オートレーサー、坂井宏朱(ひろみ)さん(享年27)=船橋・31期=の葬儀・告別式が19日、東京・芝公園の増上寺光摂殿でしめやかに営まれ、約400人が参列した。

 師匠の永井大介の弔辞、佐藤摩弥ら同期生16人によるお別れの言葉で始まった。最後の喪主あいさつでは「宏朱は生前から臓器提供の意思表示をしていた。内臓は損傷していたが、角膜は無傷だったので提供して、昨日(18日)2人に移植した。どこかで宏朱が生き続けているのがせめてものなぐさめ」と父・克行さんが明らかにした。


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弔辞を終えて一礼する永井大介(坂井さんの師匠)

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泣きじゃくる同僚。もうひとりの女性レーサーの佐藤さん。

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事故の詳報──サンスポ

 オート界に衝撃が走った。この日、船橋オートは何事もなく開催を終了したが、約3000人のファンが家路についた後に悲劇は訪れた。
 事故が起きたのはゴール線から数十メートルの1コーナー付近。最終レース後の午後4時過ぎ、何台ものマシンが夕方練習に出ている中で起きた。

 後ろで走っていた鈴木一馬選手の話によると、坂井選手はゴール線過ぎから体勢を崩し、1コーナーで単独落車。先に体だけフェンスに当たり、その体が跳ね返った時に、自らのマシンと激突した。事故直後から意識はなく、付き添った選手によると全身打撲と頭蓋骨骨折で耳、鼻から出血、腹部も膨らんでいた状態だったという。すぐに救護室に運ばれるや、意識のない坂井選手に、師匠の永井大介、指導員補助の池田政和らが「坂井! 戻って来い! 聞こえるか! 戻って来い!」と、永遠に続けるかのように何度も何度も呼びかけ、心臓マッサージなども施されたが、手当のかいなく5時13分、ドクターから死亡が確認され、帰らぬ人となった。

 救護室前では、養成所で苦楽を共にした同期が立ちつくして祈りを捧げ、座り込んでずっと顔を伏せながら坂井選手の意識が戻るのを待ち望んだが叶わず。もうひとりの女子レーサー佐藤摩弥選手や、横浜から駆けつけた両親とも悲しい対面となった。

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