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テレビ欄のテレビ局並び順──真ん中にテレ朝、端っこにフジ

 私はずっと関東なので、テレビ局の順番は、こどものときから1.3.4.6.8.10.12だった。NHK、NHK教育、日テレ、TBS、フジ、テレ朝(NET)、テレ東(東京12チャンネル)である。



 東京12チャンネルの開局が★昭和42年。それまで12チャンネルはなかった。始まった当初は休み休みで番組欄が隙間だらけだった。まともな番組のないお粗末な局だった。そのごも近年まで「番外地」と呼ばれるほど視聴率競争では敗者だったが、私は早朝の「早指し将棋選手権」と土曜競馬中継の熱心なファンだった。
 昭和47年に、大学時代の先輩が就職したので何度も局に遊びに行き現場を見せてもらった。東京タワーの下にあった。



 10チャンネルのNET(日本教育テレビ)もお粗末で、金がないものだから自社製作番組はすくなく、古い洋画ばかり流していた。流す番組がないので夕方からもそれの再放送をしていた。小学校高学年から中学生にかけて、この局の洋画で勉強させてもらったことは大きい。「陽のあたる場所」を見て、エリザベス・テイラーをきれいだなと思ったことをいまも覚えている。「ピクニック」とか多くの名画をこの時期に学んだ。

 やがてテレビ朝日になり、そこそこの番組を作るようになる。すると「古い洋画で番組を埋める」という貧乏路線はテレ東に引き継がれた。
 レンタルヴィデオの時代になったので、私はさほど世話にはなっていないが、それでもテレ東が平日の午後1時半から流している「午後の洋画劇場」は、テレ朝の洋画を一所懸命見ていた中学生時代を思い出してなんか懐かしい。CMがガン保険とか健康食品とかそんなのばかりなのでつらい。録画しておいて飛びし見がいい。



 当時のTBSは「ドラマのTBS」が売りで、熱心に良作のドラマを作っていた。「東芝日曜劇場」の時代だ。ここは現代劇だけではなく時代劇も制作した。山本周五郎原作の「ひとごろし」を初めて見たのはここだった。主演は植木等。臆病な侍が、仇討ちをせねばならなくなるのだが、腕に自信のない彼は、ひたすら遠くから仇にまとわりつき、「ひとごろし」と叫んでは周囲に注目させ、急いで逃げる。それを繰り返し、仇をいわばノイローゼ状態に追い込んでゆくというもので、それまでの時代劇はバッタバッタと派手に切り倒すチャンバラばかりだったから、こんなのもあるんだと目を見張ったものだった。時代小説を読み始めるきっかけとなった。

 でも私はTBSに関しては、大阪の放送局との関連から、「てなもんや三度笠」「スチャラカ社員」等を流してくれたことのほうが印象的だ。あれを見ているのと見ていないのでは笑いの感覚が違ってくる。子供心にも大阪の笑いは鮮烈だった。



 デジタル放送になり、こちらの局番は1.2.3.4.5.6.7.8.9になった。NHK教育は2、3はUHFだ。東京だと9でMXが流れている。TBSとフジは変らない。3でテレビ神奈川、テレビ千葉、テレビ埼玉が見られるようになった。ありがたい。競馬中継がある。

 この並びで一番得をしたのはどこか。端っこの方にいたのに真ん真ん中の5になったテレ朝と、視聴率も並び順もいつも端っこだった12からラッキー7になったテレ東である。
イメージ的に損をしたのはどこか。いいとこにいたのに内側に2局もぐりこまれ、右端に飛ばされたフジだ。



 テレ朝を擁するアサヒシンブン系列(ニッカンスポーツ等)は、早々とこれに乗った。
 2011年正月からもうアサヒやニッカンのテレビ欄はこの並びになった。ずいぶんと気が早いと感じたが、自分達の局が真ん中に位置するのは気分が良かったのだろう。ライバルのフジを隅っこに追いやるのも痛快だ。

 しかしこれ見にくかった。なってしまった今はともかく、まだの時期である。
 私はアサヒ系列のニッカンスポーツが嫌いなのだけど(たかがスポーツ紙でも社会面の政治的な主張や姿勢はアサヒとまったく同じであり、しみじみ同系列なのだなと痛感する)、スポーツ紙としてはいちばん充実していると認めているから手にすることが多い。

 いつも見ているフジの番組の出演者を確認しようとすると、その番組がない。曜日をまちがえたのかと思う。しばらくしてから並びがちがっていることに気づく。フジは隅っこにあった。
 この失敗を何十回やったろう。正月から7月までのあいだに。長年の習慣だからしみついている。図書館で手にするとき、これはニッカンスポーツであり、この新聞のテレビ欄はもう順番を替えているのだと思いつつも、「あれ、番組がない?」を繰り返した。他のスポーツ紙はやっていなかった。ニッカンだけである。それは地デジ化に賛成、応援している、というより、やはり自分たちの局が真ん中に移ってはしゃいでいたのだろう。

 「中国」ということばが「世界の真ん中」という意味であるように、どこの国の地図でも、その国が地図の真ん中にあるように(ヨーロッパで世界地図を買うとなぜ日本が極東と呼ばれるかよくわかる)、自局がテレビ欄の真ん真ん中にあることは、アサヒ関係者にとっては気分のいいことだったのだろう。



 そうしてデジタル時代になり、まあ現実にそういうチャンネル番号になったのだからもうしょうがないと思うのだが、いまだになじめないでいる。
 インターネットではgooの番組表を見ることが多い。ここはいまもむかしの並べ方をしている。
 数字で言うと、1.2.4.6.8.5.7の順なのだ。なかなか頑固でいいなと思う。gooは大相撲にも熱心だし私はシンパシーを感じている。

 でもこういう感覚も今だけのもの。
 これからのこどもは物心ついたときから、テレ朝は5、テレ東は7、フジは8なのだから、テレ朝が真ん中の5で定着して行く。テレ朝は10、テレ東は12は昔話だ。



 そもそもこういうことも、自分だけの思い込みであり、日本全国地方によってこの順番はぜんぜんちがうわけだ。
 私は茨城の田舎育ちだが、首都にちかい地域だったので最初からずっと東京と同じチャンネルだった。同じ茨城でも福島県にちかいところなど、福島と同じくNHK2局と民放1局だけだったりして、子供時代のテレビの話をしてもぜんぜん噛みあわない。

 いまの50代以上の世代は、首都圏を除くと、ほとんどは「NHK2局と民放1.2局」で育っている。昭和末期でも地方にゆくと、民放はみっつぐらいある時代になっていたが、ネットがごちゃまぜで、3局とも『水戸黄門』をやっていたりした。その気になれば7時、8時、9時と続けて『水戸黄門』を見られるのである(笑)。

 つい自分の感覚で「いまの50代以上は」と書いたが、地域によっては30代でもNHK2局と民放1.2局というひとはいるだろう。私は茨城と東京と外国しか知らないので地方事情を語れない。その茨城と東京が同じチャンネルだったのだからなおさらだ。それは幸運と思う。もしもNHK2局とテレビ茨城(そんなものはないが)なんて民放1局だけで育っていたなら、だいぶ感覚はちがっていただろう。

 私は子供時代から今に至るまでNHKがきらいで大相撲中継以外見たことがない。だから何度も書いているが朝の連ドラ、大河ドラマ、紅白歌合戦をまったく知らない。「あの朝の連ドラヒロインが脱いだ!」と週刊誌で読んでも、その朝ドラを見ていないからなにも感じない。見知らぬネーちゃんが裸になっただけだ。「小林幸子の巨大衣装」なんてのも週刊誌を読んで知っているが、ただの一度も見たことはない。でもごちゃまぜ民放1局しかなかったら、それらをきっと見ていたろう。だって絶対数がすくないのだから。するとまたこうしてブログに書いている文章も、微妙にちがっていたはずだ。

 デジタル化で、北海道から沖縄まで、局番は同じになったのか?
 まあ今テレビのない生活なのでどうでもいいことではあるが。

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【追記】──神戸のチャンネル事情(9/18)

 神戸の友人に問い合わせてみた。そちらはどうなりましたか、と。すぐに教えてくれた。

チャンネルは、1・NHK、2・NHKEテレ(教育?)、3・サン、4・毎日(TBS)、6・朝日、7・テレビ大阪、8・関西(フジ)、10・読売(日テレ)で、番組表は基本数字順で、サンテレビとテレビ大阪だけ別枠というのが多いです。
デジタル化しての変化というのはあまり感じていませんがどうなのでしょうか。


 なるほど、NHK2局と地元UHFまではこちらと一緒。そのあとはかなりちがう。日経がテレ東の系列局として作ったテレビ大阪の7は二桁(たしか11)から変ったものだろう。

 おどろいたのは読売の10チャンネルに対するこだわりだ。私はてっきり5番に移ったものと思っていたので友人がまちがえたのかと一瞬目を疑った。
 地デジ化とは一桁局番に変ることと解釈していた。私は2011年7月24日のアナログ放送終了と同時にテレビと縁を切ったのだが、そのずっと前から携帯電話のワンセグで地デジには接していた。そこではテレ朝が5に、テレ東が7になり、「局番はみな一桁」だった。それが地デジ化だと思っていた。

5が空いているのに断固アナログ時代の二桁10にこだわった読売はすごい。アナログ時代、キー局の日テレと同じ4チャンネルを取りたかったが取れず、10になった経緯はWikipediaに書いてある。1988年から「10マーク」を表に出して「大阪10チャンネル」を売りにしてきたらしいが、ほいほいと真ん中の5に移ったテレ朝とちがい、デジタルの時代でも二桁を撰んだのは大阪っぽいかっこよさだ。ところで、ケイタイのワンセグでここを見るにはどうするのだろう。1と0を押すのか。でも1を押したらNHKが映る。0を押したら切り替わるの? いや1と0を同時に押すのか?

 神戸の友人はデジタル化の変化はあまり感じていないと書いている。
 理由のひとつは人気局である毎日、朝日、関西、読売の局番が変らなかったからだろう。TV大阪が変っているが、これはこちらのテレ東と同じく後発局であまり人気がない。さほど印象に残らなかったのだ。読売が5になっていたら、彼にもそれなりに記憶に残ったろう。

 もうひとつの理由は、友人は大のテレビ好きだから早々と地デジ対応テレビにしていたので、今年の7月24日が他人事だったことだ。これは「いよいよ終る、ついに終る」と、日々カウントダウンに接した私とはだいぶ事情が違う。しかしいま思い出しても画面右下のでっかいカウントダウン数字は不快だった。



 結論を繰り返すと、これからのこどもは「テレ朝は5、テレ東は7」と最初から覚えるのだから、ここに書いたことはじつにもうどうでもいいことだ。
 ただ「おじいちゃんの昔話」として、思想的にテレ朝を嫌う若者と接した時、「むかし地デジ化で10から5に変ったときはうれしそうでねえ」というのはありだろう(笑)。

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●【追記】──東京12チャンネルの開局年度について

 「東京12チャンネルが開局したのは昭和39年」というコメントを戴いた。
 しかしこれはWikipediaにもあるように、「教育専門局(科学テレビ)」という特殊な放送を行うものだった。

・旧東京12チャンネルは1964年(昭和39年)に財団が母体となって設立された科学技術学園工業高等学校(現・科学技術学園高等学校)の授業放送をメインとして行う教育専門局(科学テレビ)として開局し、民放ながら広告を流さない放送局として運営された。

・しかし、それが故に慢性的な赤字を抱えたため、1966年(昭和41年)4月から規模を大幅に縮小すると共に放送時間も午前10時 - 11時30分の1時間半と、夕方 - ゴールデンタイム前半に当たる夕方5時 - 夜9時の4時間の計5時間半(日曜日は後者の4時間)のみに短縮された。

・1969年(昭和44年)12月、再三にわたる財界からの要請を受ける形で日本経済新聞社(日経)が東京12チャンネルプロダクションの経営に乗り出した。

・1973年(昭和48年)10月1日に東京12チャンネルプロダクションの商号を変更した株式会社東京12チャンネルが放送事業を譲り受け、翌昭和49年、11月1日に総合放送局に移行した。


 私が東京12チャンネルを見るようになるのは、このころからである。アフロヘアにオーバーオール姿の鶴瓶が、剥きだしの股間を晒して放送事故を起こしたのは昭和50年か。誰も見ないゲリラ放送局だった。

 私の書いた「東京12チャンネルが始まったのは昭和42年。それまで12チャンネルはなかった」は明らかな間違いなので訂正する。しかしかといって「試験問題」なら昭和39年が正しいのかも知れないが、それをそのまま容認する気にもなれない。

 上記の歴史で言うなら、テレ東の始まりは、「株式会社東京12チャンネルが発足し、総合放送局として歩みはじめた昭和49年」でいいのではないか、と思う。

 昭和42年頃、そういうおもしろくない、今の放送大学みたいな教育番組であれ、12チャンネルは流れていたのか? まったく記憶にない。私には「砂嵐」になってしまう。でも記憶違いになるのだろう。いまだ納得できないのだが。
 けっこうそのころは田舎のテレビっ子だった。NET(日本教育テレビ→現テレ朝)の洋画や、時代劇「素浪人 月影兵庫」の夕方からの再放送を見ていた頃だ。あのころ12チャンネルはあったのか?

 いずれにせよ「数字の間違い」はお詫びして訂正するが、文における言いたいこと、「大意」に誤りはない。
ご指摘戴いたかたに感謝します。(2012/4/10)

Comments

No title

関西圏のNHKはアナログ時代、総合2・Eテレ12でした。テレビ大阪は他の在阪局と異なり大阪府域でアナログ時代は11でしたが、地デジ化で7になりました。

No title

関西圏でアナログ時代、NHKは総合2・教育12でした。フジテレビ系はアナログも地デジも2大都市圏共通8ですが、1955年から75年まではTBS系も2大都市圏共通6でした。地デジ5はKBS京都とテレビ和歌山が使用しています

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関西圏で5はKBS京都とテレビ和歌山が使用しています

No title

関西圏で地デジ5はKBS京都とテレビ和歌山です

No title

関西圏で地デジ5はKBS京都とテレビ和歌山です

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9→東京MX(東京都)・奈良テレビ(奈良県)
10→ytv読売テレビ(関西圏)・テレビ愛知(愛知県)

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11→CATV(下記を除く)
12→放送大学(関東圏)、CATV(秋田県・福島県・長野県・静岡県・東海圏・福井県・岡香圏・山口県・熊本県)

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1・2・3・4・5・6・7・8・9の他に12も映りますね? こちら大阪では1・2・3・4・5・6・7・8・10・11が映ります。
九州の宮崎県は1がNHK総合、2がNHKEテレ、3がフジテレビ系非マストバイ局、6がTBS系ですが、他は熊本県か鹿児島県のいずれかに隣接する地域を除き映りません

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東京では1・2・3・4・5・6・7・8・9・12が、大阪では1・2・3・4・5・6・7・8・10・11がそれぞれ地デジで視聴できます。
宮崎は1・2・3・6だけです。延岡市や宮崎市はCATVで4・5・11も、都城市は在鹿全局も映りますが

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テレ東の前身、東京12チャンネルが開局したのは1964(昭和39)年4月です。1981年に社名変更がありました

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