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祝・三宅久之さん、「たかじん」出演継続!──大阪考

25日放送の「たかじん」をYouTube動画倉庫で見た。

3月一杯でテレビ出演、講演等、一切引退すると宣言していた三宅久之さんが、「たかじん」にだけは出演を継続すると言っていた。よかった。ていうか、前から知ってたけど。

たかじんは前々から「三宅先生が死んだら番組をやめる」と口にしている。侠気だ。かっこいい。
三宅さんもそれに応えたことになる。「たかじんさんが復帰するまでは出演する」とのこと。いい話である。



三宅さんが引退の理由としている「息切れ」は、気になっていた。苦しそうだ。
でも、仕事人間は第一線から身を退くと、いきなりガクっと老いてしまう。そのことも心配していた。
たかじん復帰まで「たかじん」でがんばるというのは、程良いのではないか。
復帰後もこの番組だけは出て欲しい。

暴君ナベツネと対等に話し、あれだけ笑顔を引きだせるひとはいない。

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私は「大阪」というものに対して、「尊敬半分、軽蔑半分」とよく言っている。
大阪ほどいろんなものを考えさせてくれる存在はない。
吹きあれる維新の風も大阪からだ。

大阪人は、当人達が思っている以上に、特殊な存在である。
当人達は気づいていない。そのことがまたすごい。

学生時代にそのことを思い知った。
「わいは大阪人やから東京弁はしゃべらん」と頑なに大阪弁で通していた。どんな時もどんな場所でも。
とにかく、「特別」だった。知りあう大阪出身者が全員強烈だった。東京での大阪弁ドラマはさんまが作った。まああのひとは正確には奈良出身だけど。
日本の全都道府県で、あんな存在はない。



30代で海外に出るようになって、あらためて思った。やはり特別である。
異国で知りあう、良い意味で凄い人(尊敬)、悪い意味での変人(軽蔑)、みな大阪だった。

尊敬なら、発展途上国のボランティアで泥塗れになっている人。ためらいがない。極貧生活もなんのその。一直線のエネルギー。

軽蔑なら、「わいは生娘しか抱かん」と、異国での処女買春百人達成を自慢する人。これまたためらいがない。ちなみにこの人、既婚者で、女房も処女だったと自慢する。なぜにそんなにそのことにこだわるのか理解不可能。
よく言われるのが性的コンプレックス。極端にちいさいとか早い劣等感を「処女ならわからない」と思い込む、というもの。しらんけど、そんな説はある。

発展途上国の、さらなる僻地。まともな日本人ならとてもじゃないが行けないような場所に浸入する。
日本人初のはず。と思ったら先人がいた。日本人二番目だった。いるという場所を訪ね、話し掛ける。元気な大阪弁が返ってきた。



そしてまた、そのことを格別に嫌う大阪人がいる。いまここを読んで、「なにが特別なんだよ。同じだよ。なんで大阪だけそんなふうに言うんだよ」と反撥している大阪人が確実にいる。「おれは東京へ行ったときから標準語を使ったよ。大阪弁になんかこだわらなかった」と。

私は雑誌原稿でも同じようなことを何度か書いた。そのたびに必ず大阪人から「貴兄の考えはまちがいです。私達大阪人も貴兄とまったく同じなのです」という複数の抗議文が届いた(笑)。

ここを読んで、そう書きこみたくてうずうずしているひともいることだろう。
でもかんちがいしないでね。私は嫌いだと言っているのではないから。今も、大阪の下町に旅行して、一週間ぐらいぶらぶらしていたいなあ、と夢見ている。うまいつまみ(あ、アテって言うんだっけ?)で飲みまくりたい。

「個性的な人が多い」と言っているだけ。
そしてその個性に、良いと悪いがあると。
「大阪人は個性的ではありません。みな凡人です」って反論もへんでしょ。

もちろん「リズム感のいい黒人」にだってリズム音痴がいるように、「歌の巧い朝鮮民族」にも音痴がいるように、平凡な大阪人もいるんでしょうけどね。でもたぶん大阪人としては平凡でも、こちらからみたらけっこう個性的だと思いますよ。だって、大阪という風土が個性的なのだから。

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「たかじん」は、心から尊敬する「大阪」になる。あんな番組は東京にはない。「たかじん」を見ると、「TVタックル」が薄味で見られない。

三宅先生、お元気で御活躍を!
お父さまは95歳の長寿だったんですね。まだまだです。

(京都在住の大阪人五郎丸に捧ぐ。)

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