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映画「君よ憤怒の河を渉れ」感想──西村寿行の思い出──高倉健、猪木、中野良子、様似の牧場から大洗海岸、支那の秦皇島

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 西村寿行原作の作品。
 二十代から三十代にかけて熱烈な寿行ファンだった。新刊を待ちわび貪るように読んだ。彼の作品は9割方読んでいる。美麗なハードカバーを本棚にずらりと並べた。文庫本で読んだ初期の作品も古本屋で初版を買い揃えたりした。その後、読まなくなってからも本は所持していた。4年前の引っ越しの際にぜんぶ処分したので今は一冊もない。ちょうどその年、2007年に寿行も亡くなった。

 ファンをやめた理由はホームページに書いた。ひとことで言えば、彼の作品の魅力は社会に対する怨念というか、どろどろした復讐譚がおもしろかった。音楽で言うならBluesだったのだが、成功に伴い明るいPopsになってしまったからだった。毒気が抜けて陽気になった。おどけた笑いまで出るようになった。この変化は「鯱シリーズ」を通読するとよくわかる。初期と後期ではまったく異なっている。陰惨とすら言える凄味のある藝風だったのに……。

 それはそれであたらしい魅力だったかも知れないが陰鬱とした暗さを好んでいた身には物足りなかった。そしてまたずっとBluesだった私の人生も三十代になって仕事が順調になりPopsになりつつあった。同じPops同士なら合いそうだがそういうものでもない。明るいPopsを聴くなら本来のそれがいい。西村のPopsはつまらなかった。そうして私は寿行を卒業した。
 読了した寿行作品を「全部」ではなく「9割方」としたのは、たぶんその後に発刊された読んでいない作品が1割ぐらいあるのではないかと思うからだ。それでも訃報を聞いたときはしばらく喪に服したほど大好きな作家だった。



 この映画は1976年の作品。35年前だ。昭和51年。原作は読んでいたが映画は見ていない。「憤怒」は「ふんぬ」である。原作もそうだった。でもなぜかこの映画では「ふんど」と読み、タイトルでも「ふんど」とわざわざルビを振っていた。

 こんな古い現代劇を見たのはいつ以来だろう。時代劇ならカツシン「座頭市」とか昭和40年代の作品を見ることはある。いや黒沢映画でもっと古いのも見るか。現代劇も古い黒沢作品は見るが、「天国と地獄」や「どですかでん」のように古すぎると今度は「三丁目の夕日」を見るような感じでまた別世界になる。その点これは自分のあいした昭和の時代そのものなのでなんとも複雑な思いにとらわれる。



kimiyo このときの高倉健は45歳。男盛りだ。新作撮影を発表した80歳の今も見た目は変らないが本当の黒髪と染めた黒髪ではやはりちがう。ヒロインの中野良子は26歳。刑事役の原田芳雄は36歳。原田は今年7月に没した。

 ホステス役で出ている倍賞美津子は30歳。猪木と結婚して5年目。猪木はロビンソンとの名勝負が75年。新日ブームのさなか。我が世の春の頃。
 いや76年は全日に引き抜かれたロビンソンが馬場にツーフォール取られて負けて不愉快だった年か。スポーツマン高額所得番付1位の頃だ。
 猪木はいくらでも税金隠しが出来たのにプロレスラーの地位向上のために敢えて高額納税者になっていた。プロレスファンとしてそのことが我が事のように誇らしかったものだ。
 この76年6月にアリと闘う。その前にルスカ戦。興奮した日々を思い出す。このアリ戦で大借金を負いたいへんなことになるのだが、そこから出た苦しまぎれの「挌闘技路線」はおもしろかった。



kimiyo4 大滝秀治は51歳。背筋が伸びていて若い。でももう禿げている。
 端役で阿藤海。いまは「快」か。
 最後に射殺されて死ぬ悪の元締めは西村晃。この人、ずっと悪役だった。『水戸黄門』になってイメージチェンジするのは1983年だから7年後。最後は黄門様で死ねたのだからしあわせだ。



 北海道の真犯人宅を訪れた高倉健は警察に追われ日高山脈に逃げこむ。熊が出る。狼と熊は西村作品の重要なキャラだ。わくわくした日々を思い出す。西村自身も狩猟をやっていた。主人公が熊に襲われてあぶない瞬間、愛犬が身を挺して突進し大怪我を負いながらも助けるというようなのは西村作品の醍醐味だ。特撮がまだ未熟なので熊のシーンがお粗末。ぬいぐるみがバレないよう瞬間的なアップでごまかしている。

 逃げこんだのは日高の牧場地帯「様似(さまに)」。日高本線の終点である。当時はまだ行ったことはなかったが後の競馬取材で頻繁に歩きまわった地だ。どの牧場でロケをしたのだろうとつい目をこらしてしまう。浦河町を流れる浦河のあたりの景色はよくわかった。

 ここの洞窟で高倉と中野が結ばれるのだが、晩秋に焚き火だけの洞窟では、さぞたいへんだったろうと同情する。やたら焚き火の炎のアップ(笑)。

 この様似からセスナに乗って脱出し、自衛隊機に追われつつも低空飛行で逃れる。この辺もちょっと無理がある。着水する海面が鹿島灘。大洗(おおあらい)の夏海(なつみ)海岸。私の地元だ。今度は大洗の知っている場所が出ないかと目をこらす(笑)。

 逃亡する高倉は都内にやってくる。「大洗から水戸、石岡を通って東京に入るはずだ」という刑事の推測。私が上京するのと同じ路線。身近な話(笑)。
 しかし主人公は捜査陣の裏を掻き、水戸から両毛線で群馬に出て、そこから山梨の大月に行き、奥多摩山中を越えて東京に入る。山越の疲れで倒れたところをホステスの倍賞美津子に助けられる。それが立川。今度はいま私の住んでいる地域だ。これまた興味津々。
 今でこそ駅前再開発がなされ新宿もどきに垢抜けた立川だが、当時は米軍基地があり、米兵相手の娼婦(いわゆるタチンボ、パンパン)のいるあやしい地帯だった。とはいえ品川の武蔵小山でふつうの学生だった私にその知識はない。立川に関わるようになってから、当時の立川を知りたかったと悔やんだ。そのころの雰囲気が見えるかと、ロケ地になった飲み屋地帯の映像に目を凝らす。なんだかもうそのへんが楽しくてたまらない。



 151分のこの映画、なんともおもしろかったのは効果音、というか「効果音楽」だった。様々な場面にBGMが流れる。それが「いかにも」な、昭和テイストなのである。ペダルスティールを使ったハワイアンみたいなのが流れてきたりして妙におかしい。
 長年テレビドラマを見ていないのでうまく言えないが、火曜サスペンス劇場とかあんなので、「犯人はあいつだ!」みたいなセリフからCMに入る前、ジャカジャカジャーンと音が入る。いわゆるジングルだ。この映画、そういうのがやたら入るのである。高倉健主演の大金を掛けた大作映画なのだが、その辺のチープさがたまらない。だけどもちろんそれはチープ狙いではなく、当時は最高に凝った演出だったのだろう。いまの感覚で見ると「ふざけているのか?」とすら思うことがある。



 とまあ、あれやこれや当時を偲んだりロケ地に興味をもったりで楽しかったのだが、肝腎の映画そのものには燃えなかった。この作品は原作を読んだときからあまり乗れなかった一作だった。今回これを見て再確認した。

 突如街中で見知らぬ女から「このひとは強盗です」と言われて逮捕されてしまうという「冤罪」から始まり、それを晴らすまでの物語だ。冤罪ほど怖いモノはない。私などもう電車に乗るのすら怖い。気の狂った女に痴漢ですと言われたら人生が終る。

 この作品もそんな冤罪が発端だ。でも主人公は東京地検の検事正なのである。西村寿行作品の主人公には、敵と戦うのに挌闘技の素養があったほうがいいということから、刑事や刑事くずれが多い。その中でもこれは最高級のエリートになる。
 いきなり町中で見知らぬ女(伊佐山ひろ子)から強盗犯人だと言われ、さらには同じく正体不明の男(田中邦衛)から、「こいつです、まちがいありません」なんて言われて窮地に陥る。

 弁明が通じず、刑事や警官から手荒く扱われる中、取調中に脱出して真犯人捜しに挑むというストーリーなのだが、主人公は東京地検のエリート検事正なのである。それだけの立場のひとなのだ。警官や刑事は礼を尽くすだろう。本庁の刑事(原田)とも顔見知りなのだ。こんな社会的身分のあるひとに、身元不明の女がヒステリックに「強盗だ、強姦もされた」と喚いているだけでこんな扱いはあるまい。冤罪であることはすぐにわかったろう。物語の発端と展開があまりに荒唐無稽すぎて読んでいるときから首を傾げた作品だった。

kimiyo3 それは当時話題になった「新宿の街中を馬が暴走するシーン」でも同じだった。新宿西口で警官に囲まれ窮地に陥った高倉をヒロインの中野(様似の牧場の娘)が馬に乗り、牧場から連れてきたサラブレッド8頭を疾走させて殴りこみ、助けだす。「新宿を馬が走る!」と、当時そのロケシーンが話題になった。スポーツ紙の記事で読んだことを覚えている。

 でもこれも、馬8頭が突進してきて人ごみを割り、高倉を助けるところまではいいとしても、なにしろ新宿である。助けて、すぐそのあとは荒野になるような西部劇ならともかく、不夜城の新宿なのである(笑)。2キロや3キロ走ったとしても、ずっと明るい市街地だ。人がうんざりするほどいる。街の中を馬に乗って走ったら目立つ(笑)。とても逃げきれるとは思えない。あっという間に追い詰められるだろう。
 西村作品にはいいものが多いのに、なんでこんなのを映画化したのだろう。西村作品の熱心な愛読者だった私は、これを寿行の傑作とは認めがたい。

 新宿の人ごみで、逃げる高倉に、「待てえ!」と叫ぶ刑事たちが拳銃を乱射するシーンでは、「んなアホな」と笑ってしまった。周囲にいっぱい人がいるのだ。やたら刑事が気楽に発砲する。あのころの刑事ドラマってそんなだったか!?



 この映画の最も大きな話題は、1979年に中華人民共和国で公開され、それがあの一党独裁共産国家の文化大革命という大虐殺以降では初の外国映画一般上映だったため、大人気になったことだった。
 娯楽作品のすくないあの国では、むかしの日本で美女と高級車の007シリーズが大ヒットしたように、最高級の娯楽作品だったことだろう。高倉健、中野良子は支那人みんなの知る日本人となった。

 中野良子が下着姿から胸を見せるシーンがあるのだが、支那ではもちろんこのような卑猥なシーン(笑)はカットされたとか。このシーン、吹き替えだったそうで、そういや当時はそんなくだらんことをよくやっていた。ヌードシーンには別の無名女優を使い、本人は脱がないのである。なんだか貧相な胸で、中野良子はもっときれいな胸の女優を使えとごねなかったのだろうか。当時から気難しい女優として有名だった。



 Wikipediaで調べた。35年前の邦画がWikipediaに記録されているのだから、それだけ話題になった価値のある作品と言うことになる。中共での話題がなかったら載録されなかったろう。
 それを読むと、中共で大人気になったことは、その後の中野良子の人生を変えた節も見うけられる。1995年に「秦皇島中野良子小学校建設」とあるのだ。秦皇島(チンンフォンタオ)は海辺の避暑地だ。しばらく滞在したことがある。支那では内陸部にいることが多いので海の幸がありがたかった。町中で七輪でイカを焼いて売っている。そんな支那の町は私は初めてだった。
 あそこに「中野良子小学校」があるとは知らなかった。ビートたけしがゾマホンとの縁からベナンに自分の名を冠した小学校を作っているが中野良子が先だったとは。

 この映画の監督である佐藤純彌は後に「敦煌」を撮るが、そのときも現地では「君よ」の監督であるとみな知っていたという。というか、「君よ」の監督なのでロケ等の交渉がスムースだったとか。



 映画そのものより背景や時代に目を奪われた一作だった。昭和の作品をこんな視点で見る楽しみもあるのだと知った。
 昭和大好きな昭和人間だが、かといってそのことに逃げて潜るつもりもないので、意図的にまたこういう作品を見て楽しむつもりはないけれど、とにかくまあいろんな意味で楽しめた。

Comments

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逃走する時に、流れる曲www
とても楽しそうな、遠足みたいな曲。
緊張感0、これから熊に襲われたり、
セスナ墜落するし、怪しい病院に入れられるのに、こんなハッピーで無邪気なKenさん見たこと無い。邦衛門と、ヒデジイーの演技力は凄いし、原田芳雄は刑事に見えない。チンピラだろ。
秋吉さんの乳首が黒いのにショックです。

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