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タカトシの時間ですよSP 10月17日──誤って伝わった漢字「笑う」と「咲く」について

 録画しておいた「タカトシの時間ですよ 2時間SP」を見た。
 そこで大東文化大学教授が「笑」と「咲」が誤って伝わった話をしていた。

 この種のことに興味のあるひとならほぼ知っているミニ雑学であるが、知らなければそれなりに新鮮なおもしろい話でもある。



 「笑」が竹冠であることからわかるように、本来は「植物の花がさく」という意味であること。
 「咲」は、口偏であることからわかるように、本来は「ひとがわらう」という意味であること。

※ 

 そのことに芸人の瞬間的反応で、千原ジュニアが「それじゃ、正しく伝わっていたら、ぼくら、お笑い芸人じゃなくて、お咲く芸人だったかもしれないんですね」と言い、ドランクドラゴン塚地が、「花が笑う」とか、とつっこんで笑いを取っていたが、それはない。 それをその教授は直してやらねばまずい。それは単なる「当て字」の話だからである。



 日本語はあった。まだ文字はなかった。
 漢字を輸入し、日本語に当て字をする。そこに無理が生じた。

 高島俊男先生はそれを「日本語にとって不幸だった」と言っている。
 漢字と関わることがなければ、日本語は日本語にふさわしい文字を作りだし、今のような日本語の矛盾はうまれなかったと。
 だがすぐちかくの国が漢字という文字をもっていた。それを輸入し、無理矢理日本語に当てはめて行く。そのことによって多くの矛盾、混乱が生じた。

 それは長くなるので別の話とする。興味のあるかたは文春新書の「漢字と日本人」(高島俊男著)を読んでください。

kanji



 「さく」も「わらう」もすでに和語としてあった。意味も使いかたも現在と同じである。それにシナから伝わってきた漢字の「咲」と「笑」を当てはめた、だがその漢字の本来の意味はちがっていた、という話である。当て字の話なのだ。でしかないのだ。

 だから「お笑い芸人」が「お咲く芸人」になったり、「花がさく」が「花が笑う」になっていたかも、というジュニアや塚地のツッコミは的外れになる。日本語の「さく」も「わらう」も、いまと同じ「さく」と「わらう」の意味ですでに存在していたのだから。漢字によって和語の意味が変わることはない。そこを勘違いしてしゃべっている。

 彼らは、異国から伝わってきた「笑」「咲」という借り物漢字の問題を、日本語の「さく」「わらう」という根源的なことばの問題としている。漢字と日本語を一心同体と思い込んでいる。漢字の使いかたで和語そのものが変ることはない。

 もしもそれらの漢字が正しく伝わっていたらどうなったか。
「おわらい芸人」の漢字表記が「お咲い芸人」になったということ。
「花がさく」が、「花が笑く」になったということ。
 そういうことである。でしかない。

 和語「わらう」の漢字当て字が「咲う」、「さく」が「笑く」になっていたという、それだけの話に過ぎない。当て字の話なのだ。



 どうでもいい軽い話のようだが、「日本語(和語)に漢字を使うということは、まったく繋がりのない別の言語の文字を無理矢理当てはめているだけなのだ」という漢字表記の根本を日本人がわかっていないということでは、意外に重要な問題である。 

 しったかぶり雑学を振りかざす大東文化大学教授があの番組で語るべき最も重要なことは、ジュニアや塚地にそれを教えてやることだった。ということで呆れてここで消してしまったので、2時間番組だが30分も見ていない。このあとにたのしい箇所はあったのだろうか。

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