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たかじんの死を知る──2014年1月7日午後11時10分

録画した正月のお笑い番組を見ながら晩酌をしていた。
21時半ぐらいから、こたつでうとうととしたらしい。
テレビは録画番組が終り、通常の放送に戻っていた。

こたつの暖かさが心地良い。
ベッドに行かねばと思いつつまどろんでいた。
「やしきたかじんさんが亡くなりました」
ピクンと起き上がる。
時計を見る。23時10分。
日テレの「ニュースzero」。

たちが悪い。そう予告してからCM。そしてちがうニュース。
たかじんの話になったときは23時14分を過ぎていた。
「先程ニュース速報でもお伝えしたとおり」と言っている。速報の字幕で流れたのだろうか。

所属事務所からさきほど発表されたと、一部が読みあげられる。亡くなったのは1月3日のようだ。
まさに青天の霹靂である。32歳年下の女性と再々婚し、順調に恢復していると信じていた。
こんなに早く来るとは三宅さんもおどろいていることだろう。
三宅先生、「まだ早すぎる!」と追い返してください。

冠番組はどうなるのだろう。
療養中ならそのままで待てても、さすがに亡くなったらそうはゆかないだろう。
たかじんの遺志を継いで続けて欲しいが……。

「合掌」と結びたいが、あまりの突然にまだその気になれない。 
今週の日曜はどんな番組になるのだろう。

いつも午後9時就寝、午前3時起床の生活をしている。こんな時間にテレビを見ていることなどめったにない。まず、ない。本来なら明日の朝、PCを起動し、一息吐いた6時頃に2チャンネルの芸スポ速報あたりで知ったことだろう。すでに3日に亡くなっていたのだが、それでも知りうる最速の形で知ることが出来たのはよかったのかどうか……。ここに記すのも私なりに最速の形で出来た。どんな形で知っても「えっ!」とおどろいたことにちがいはない。早すぎる。

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【追記】──東京で亡くなった──2014/1/9

 東京で亡くなったという記事を知る。また入籍は、前向きの姿勢ではなく、遺産のことで揉めないようにしたのではないかという意見もあるようだ。そうか、最後の地は東京だったのか……。
 自宅で、最愛の女に見守られての死は、いい形だろう。ただ、もっと生きていて欲しかった。

 関係者によると、東京の自宅で正月を過ごしていた際に食事を喉につまらせ救急搬送され、最期は夫人に看取られ息を引き取ったという。

 東京中心のテレビ業界に反旗を翻し、全国ネットでは放送できないような毒舌を大阪ローカルで炸裂させまくっていたたかじんさん。誰よりも大阪を愛し、大阪人からも愛された「大阪の巨星」だった。だが、そんな人物が大阪ではなく東京で“最後の女”に見守られながらひっそりと消えていったのは、実はシャイな性格だった彼らしい最期なのかもしれない。
http://news.livedoor.com/article/detail/8414294/

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【追記.2】──私のブログの「たかじん」の記録

 今までに書いた「たかじん」関係の文章です。たかじんファンのかたと一緒に追悼したいと思います。なんとも無念です。残念でなりません。三宅さんを送った後、こんなに早くこの日が来るとは……。

●【木屑鈔】のたかじん記事一覧

●【芸スポ萬金譚】のたかじん記事一覧

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